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其処に在ったもの

Stuart Douglas著”The Improbable Prsioner”の紹介、あるいはMatthew Gallowayという人物の残した爪痕。


 あるいは昨年12月に読み終えたパスティーシュのオリジナル・キャラクターに約4ヶ月のたうち回ってきたことの記録、と言いつつ、パスティーシュの紹介とマシュー・ギャロウェイの台詞に出て来たangerという単語について調べた結果の備忘録です。

 まず”The Improbable Prsioner”について。
 2018年夏に発売されたホームズ・パスティーシュです。舞台は1898年秋冬、ワトスンさん視点の物語。
 ペーパーバック裏表紙には以下のようなあらすじが書かれています(拙訳)。

 ありもしない患者の元への呼び出しを切っ掛けに、ワトスン医師は老齢の女性を殺害した容疑で逮捕されてしまう。ホロウェイ[1]Holloway Prison:女性の受刑者や男性の被告人を収容していた施設に拘留され、不利な証拠が山積みの状況で、ホームズが真犯人を見付け出しうるということだけがワトスンの唯一の希望だ。しかしワトスンを脅迫行為や悪名高い犯罪者と結び付ける手紙が見付かり、ホームズは彼の友人を絞首刑執行人の輪縄から救うために、全ての推理力を駆使することになる。

“The Improbable Prsioner” 裏表紙

 ……改めてあらすじを確認してみたところ、予想外に中盤の出来事にまで言及していて驚いたりもしつつ。
 マシュー・ギャロウェイというのは作中に登場するオリジナル・キャラクターです。とある登場人物が言うには「この国で一番大きな悪党の集まりのボス[2]※多分これは誇張されている」、人呼んで“the dark prince”、あるいはレストレード警部曰く“a dark prince of underworld”[3]ここのprinceは「実力者、権力者」くらいの意味なんだと思うんですがどうにも王子様感が拭えずにいます。。ワトスンさんが拘置されるホロウェイ・プリズンに彼も拘置されていて、まァその、色々あります。
 ホロウェイ・プリズンの中で色々あったり、ワトスンさんが大変な目に遭ったり、ホームズさんが事件の担当警部と対立しつつワトスンさんの釈放のために尽力したりするお話です。


 さてそのマシュー・ギャロウェイ、作中での登場は第6章が初めで、そこでワトスンさんに貸しを作り、第8章ではワトスンさんの監房を訪れて話をしていきます。
 そこの会話――というかほぼほぼマシュー・ギャロウェイが一人で言いたいことを言っているだけなんですが――で彼はワトスンさんに、「あんたは気付いちゃいないが犯罪者には三つの種類がある」と言っていまして。一つは拳や得物を使って犯罪を犯す、力を誇示するようなタイプで、もう一つはシャーロック・ホームズが興味を持つような、教育を受けて良い家も馬も持っているけれど内側に何か欠けているタイプ。この二つはシャーロック・ホームズもドクター・ワトスンも存在を認識しているけれど、三つ目の存在は目に入っていない、自分はその三つ目のタイプだ、という話に続くのが以下の台詞です。

“For me crime’s a business. There’s no anger in what I do, just a desire to do what’s best for me and those who work for me.”

“The Improbable Prisoner” Ch.8

拙訳:「俺にとって、犯罪はビジネスだ。俺の行動に怒りははない、ただ俺と俺のために働いてる奴らにとって一番得になることをしたいって欲があるだけだ」

 全29章の物語のなかでこの台詞のあるのが第8章、つまり序盤の方なんですが、最後まで読んだあとだとこの台詞がとても重いというか、悲しいというか……“There’s no anger in what I do”と言っているけども、第26章を踏まえれば彼の腹の内に怒りがなかったとはとても思えなくてですね![4]第26章の終わり頃、最後の最後にようやっと、“彼が語るにつれ、一歩引いた立ち位置で面白がるようだった口振りは初めて剥がれ落ち、その下にあるこの男の本質が垣間見えた。”と書かれているんですよねマシュー・ギャロウェイ……自分の中にある何かに見ないふりを続けていたんだろうなァと思うし、それに目を瞑っている限りはたぶんどこへも行けなかった、けれど見詰めてしまえば今居る場所にすら立っていられなかったんじゃないかなァと……思われてですね……(泣きそう)

 じゃあその無いと主張していたりあるように思えたりする”anger”のってどういうものなんだろうなと思って、英々辞書で引いた結果が以下です(墨付き括弧内は拙訳)。

a strong feeling that makes you want to hurt someone or be unpleasant because of something unfair or unkind that has happened:
【起こってしまった公正でないことや不人情なことを理由とした、あなたに誰かを傷付けたいと思わせたり、あなたを嫌な気持ちにしたりする強い感情】

ANGER – Cambridge English Dictionary

A strong feeling of annoyance, displeasure, or hostility.
【腹立ち、不愉快あるいは敵意の強い感情】

Anger – English Oxford Living Dictionaries

a feeling of great annoyance or antagonism as the result of some real or supposed grievance; rage; wrath
【現実の、もしくは予想される不満や激怒、憤怒[5]wrath=復讐を望むほどの激しい怒り (wrath – 英辞郎に起因する、強い腹立ちや敵対の感情】

anger (in British) – Collins English Dictionary

a strong feeling of wanting to hurt or criticize someone because they have done something bad to you or been unkind to you
【誰かがあなたに対して酷いことをしたり、不親切だったりしたので、その人を傷付けたり非難したりしたいという強い感情】

anger – Longman Dictionary of Contemporary English


 マシュー・ギャロウェイ……! という感想しか出て来ないんですが!!
 それは間違っている、そうあるべきではない、だから自分が動く、という気持ちの流れ自体は、ワトスンさんがハーディ[6]ワトスンさんの牢仲間。同じ監房に拘置されている10代前半の少年。彼の身の上話と逮捕された経緯を知って、それを不憫に思ったワトスンさんは、「ここを出たら君のために出来ることをする」と約束する。に対して抱いたものと一緒なんだよなァ……と思うと、何だかこう、遣り切れないものも感じます。
 マシュー・ギャロウェイ、結構真面目に仲間思いなんですよ……!


 余談ですが第8章のマシュー・ギャロウェイ、「良ければ先に話させてもらえるか、ドクター。あんたが質問する機会は別にある」と言い置いて長々と話したくせ、最終的に言いたいことだけ意味深に言った上で質問する隙は与えず出て行くのが、ナチュラルに暴君な感じでとても好きです。

2019/04/10
2020/06/14

References

References
1 Holloway Prison:女性の受刑者や男性の被告人を収容していた施設
2 ※多分これは誇張されている
3 ここのprinceは「実力者、権力者」くらいの意味なんだと思うんですがどうにも王子様感が拭えずにいます。
4 第26章の終わり頃、最後の最後にようやっと、“彼が語るにつれ、一歩引いた立ち位置で面白がるようだった口振りは初めて剥がれ落ち、その下にあるこの男の本質が垣間見えた。”と書かれているんですよねマシュー・ギャロウェイ……自分の中にある何かに見ないふりを続けていたんだろうなァと思うし、それに目を瞑っている限りはたぶんどこへも行けなかった、けれど見詰めてしまえば今居る場所にすら立っていられなかったんじゃないかなァと……思われてですね……(泣きそう)
5 wrath=復讐を望むほどの激しい怒り (wrath – 英辞郎
6 ワトスンさんの牢仲間。同じ監房に拘置されている10代前半の少年。彼の身の上話と逮捕された経緯を知って、それを不憫に思ったワトスンさんは、「ここを出たら君のために出来ることをする」と約束する。