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ラスボーン版 台詞 英語 解釈

つまるところは大の付く

ラスボーン版映画「シャーロック・ホームズの冒険(1939)」の冒頭、ワトスンさんを「大歓迎だよ」と迎えているホームズさんの台詞ついて。


 ラスボーン版映画のホームズさんワトスンさんが英語でなんて言っているのかを知りたい、でも聞き取る英語力はない……英語字幕の付いている円盤ってないのかな……とネットをうろうろしていたところ、Script.comという脚本を集めているWebサイトにラスボーン版のスクリプトが割とあるということに気付きまして。
 そのとき観ていたのが「シャーロック・ホームズの冒険」だったので、スクリプトを確認しつつ進めていたら、なんかホームズさん可愛いこと言ってない? という部分に気付いたので覚え書きです。

 「シャーロック・ホームズの冒険」は 1939年公開のラスボーン&ブルース版ホームズ映画二作目。久し振りに観たら1940年代の現代版(当時)と違ってヴィクトリアン紳士な装いのベイジル・ラスボーン氏が非常に格好良くてびっくりしました。スタンドカラーのシャツにボウタイ、ウェストコートそしてフロックコート、良いですね……!
 序盤の221Bシーン、ホームズさんがグラスに閉じ込めた蠅を前にしてヴァイオリンを爪弾いていたところ、ワトスンさんが訪ねてきて、という流れでの会話が以下です(日本語はコスミック出版から出ている廉価版ボックスのDVD参照、英語はScripts.comの当該作品頁参照)。

W:悪い時に来たね (I trust I don’t come inopportunely.)
H:バカな 大歓迎だよ 座りたまえ(My dear fellow, as if you ever could. Come on, pull up a chair. )

「シャーロック・ホームズの冒険(1939)」

 ホームズさんが実験に集中しているのを見たワトスンさんが、「邪魔だったかな(間の悪い時に来たのではないと思いたいのだが)」って零したので、ホームズさんが「何を言うんだ、as if you ever could. ほら、(椅子を引いて)座りたまえよ」って返している、という会話なんですが。
 ……“as if you ever could”って何だ!? ってなりまして。「大歓迎だよ」どっから来た!? という疑問を解こうとした結果が以下です。


 とりあえず現代[1]こちらの論文(CiNii)によると1980年代以降の用法だとか。 では、“As if!”の一言が「まさか!」「ありえない!」という意味の感嘆詞として使われたりもするようで(墨付き括弧内は拙訳)。

said to show that you do not believe something is possible:
【それがありうることだと自分は思っていない、と示すとのに使われる】

AS IF! – Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus

 個人ブログサイトさんの「スラング辞典」では、主語がIの場合なら “as if I would ever do a thing like that”の省略と考えれば良い、と紹介されていました。

 また、“as if ~”というフレーズも、英語教育では「あたかも~であるかのように」と覚えさせられますが、根本には「そのあとに続く文章が現実に反することであると示す」という要素があるようです。

used to say that something is not true, not possible, will not happen, etc.

【本当ではないこと、ありえないこと、起こらないであろうことなどを表現するのに使われる】

as if – Merriam-Webster Dictionary

it is not true that:

【~は本当ではない】

Note: Used humorously to show that what you are about to say is the opposite of what you really think.

【付記:これから言おうとしていることが、本当に思っていることとは真逆の内容であるということを示すために、冗談めかして使われる】

AS IF – Cambridge Academic Content Dictionary

 つまりホームズさんの“as if you ever could”は、「you ever couldではない(と僕は思っている)」という方向の発言なんだろうなと思われます。

 じゃあ“you ever could”って何なのかというと、could以下はワトスンさんの発言と同じであるがゆえに省略されているわけでしょうから、まァ、完全な文に戻したら“you ever could come inopportunely”になるんです……かね……[2]trust以下が省略されているのではないと断じるための文法的知識がなくて困っている。
 上記が正しいとして、仮定法と助動詞を除いて考えれば”you ever come inopportunely”、これを直訳したら「君がどんな形であれ[3]everの意味合いはalwaysだったりat any timeだったりin any wayだったりするらしいですが、とりあえずときめきを優先して解釈しておきます:“ever” – Merriam-Webster Dictionary タイミング悪く(221Bを)訪れる」。そこに助動詞のcanがあるわけで、「君がどんな形であれタイミング悪く訪れることが可能である」という文が、as ifによって否定されている(ホームズさんの思っていることとは真逆であると示されている)ということになります。

 つまるところ、“as if you ever could (come inopportunely)”はイコール「君が折悪く訪れることが出来るとは僕は思っていない」、すなわち「君が訪れてくれるのに折が悪いなんてことがあるわけないだろう」と言っているのでは……ないかと……! それすなわち「君ならいつ来てくれても大歓迎だ」ということなのではないかと![4]ではご唱和ください、「可愛い」!


 まァこの台詞、ホームズさんが喋る前に少し間が空いていて、部屋を訪れた友人の存在を認識はしていても気に掛けていなかった→声が聞こえて初めて意識をやって、それから彼が何を言ったのかも理解した→おっとそうか、という感じのマイペースな流れが見て取れる[5]何言ってんだこいつ、と思っているように見えなくもないんですが好意的に解釈しています。箇所なので、文字通りの内容を心の底から感じていて言葉にしたというよりは、友人に対するフォローの意図もあって大袈裟な物言いをしているんじゃないかな、という気がします。
 ラスボーン版ホームズさんはその大袈裟な表現がワトスンさんを喜ばせると知っている、せっかく遊びに来たのにって拗ねちゃいそうな友人の機嫌を取り成すのに効果的だと理解していてその上でそういう言い方をしてるんだと思うので、まァ何ですか、可愛いなァという結論です。

References

References
1 こちらの論文(CiNii)によると1980年代以降の用法だとか。
2 trust以下が省略されているのではないと断じるための文法的知識がなくて困っている。
3 everの意味合いはalwaysだったりat any timeだったりin any wayだったりするらしいですが、とりあえずときめきを優先して解釈しておきます:“ever” – Merriam-Webster Dictionary
4 ではご唱和ください、「可愛い」!
5 何言ってんだこいつ、と思っているように見えなくもないんですが好意的に解釈しています。