「The Final Problem(最後の事件)」でホームズさんが書きのこした手紙についてこまごまと。
BBCラジオ版(Clive Merrison&Michael Williams)を“The Final Problem”まで鑑賞して、ホームズさんがワトスンさんに宛てた手紙の文面が印象に残ったので諸々語りたい次第です。
とりあえず、BBCラジオ版は正典よりも手紙の内容が短いので、自分用メモも兼ねて以下比較を。
【正典】MY DEAR WATSON [it said]:
【BBCラジオ版】MY DEAR WATSON
I write these few lines through the courtesy of Mr. Moriarty, who awaits my convenience for the final discussion of those questions which lie between us.
(正典・BBCラジオ版共に同じ内容)
He has been giving me a sketch of the methods by which he avoided the English police and kept himself informed of our movements.
They certainly confirm the very high opinion which I had formed of his abilities.
(BBCラジオ版には相当する箇所無し)
I am pleased to think that I shall be able to free society from any further effects of his presence, though I fear that it is at a cost which will give pain to my friends, and especially, my dear Watson, to you.
(正典・BBCラジオ版共に同じ内容)
I have already explained to you, however,
that my career had in any case reached its crisis, and that no possible conclusion to it could be more congenial to me than this.
I have already explained to you, however,
that no possible conclusion to my career could be more congenial to me than this.
Indeed, if I may make a full confession to you,
I was quite convinced that the letter from Meiringen was a hoax, and I allowed you to depart on that errand under the persuasion that some development of this sort would follow.
Indeed, if I may make a full confession,
I was quite convinced that the letter from Meiringen was a hoax.
Tell Inspector Patterson that the papers which he needs to convict the gang are in pigeonhole M., done up in a blue envelope and inscribed “Moriarty.”
(BBCラジオ版には相当する箇所無し)
I made every disposition of my property before leaving England and handed it to my brother Mycroft.
Pray give my greetings to Mrs. Watson, and believe me to be, my dear fellow,
Very sincerely yours,
SHERLOCK HOLMES
(正典・BBCラジオ版共に同じ内容)
尺の都合もあってのことだと思うんですが、BBCラジオ版の方が簡素な分、ホームズさんはあらかじめ文面のある程度は考えていそうだよなァと思ったり……いやそれを言えば、正典ホームズさんも頭のどこかで考えながら旅をしていそうですけども! そういうところですよシャーロック・ホームズ!!
あと正典ホームズさんが書いている、”and I allowed you to depart on that errand under the persuasion that some development of this sort would follow. “の部分。新潮文庫版だと「しかもあとでこうしたことの起こるのを予期したからこそ、懇望に応じて君がひき返してゆくのに同意したのだよ。」と訳されていて、まァつまりは、「こういう展開(=モリアーティ教授が追い付いて来て生死を賭けた争い)になることは分かっていて、その上で君がその用事(=宿での看病)に出掛けていくのを『いいよ、行ってきたまえよ』と送り出した」ということですよね。
この一文、BBCラジオ版には無くて正典にはある、と考えると、正典ワトスンさんは心をえぐられていそうだなァと……死を予感した友人から意図的に遠ざけられたのだと知って、彼の悲しみや絶望、あの時自分が引き返さなければと後悔してもしきれない苦しみは如何ばかりだったろうかと思います。
……が、もしかしてここ、「君が自責の念を負うことはない」と伝えたかったんですかねホームズさん。メタなことを言えば「ホームズは承知の上だった」という情報を読者に伝えるためにこの部分は必要だったんだろうなと考えていたんですが、何も言わずに死んでしまうとワトスンは「自分が引き返したせいで」と考えてしまうだろう、でもこれは僕が選んだことだからその悲しみは必要のないものだ、と伝えようとしていたとも解釈でき……ますかね……?
承知の上で送り出したと書き残されたら書き残されたで、きっとワトスンさんは「自分も気付いていれば、気付けていれば」と思ってしまったんじゃないかなァと思うので、意図はどうあれ置いていってしまった時点で同じなんですよホームズさん……![1]両肩掴んで揺さぶりたい。
そして“if I may make a full confession to you, ”という言い回しが印象に残ったのでそこについても。
この部分、新潮文庫判(延原謙訳)では「正直にいってしまえば」と訳されていて、そのイメージが頭にあったのか否かは自分でも定かではないんですが、クライヴ・メリソン氏の声で聴いたとき、とても意外に感じました。”make a full confession”、全て白状する、という行動が、頭の中でいろんなことを考えて外に出す情報を取捨選択しているであろうホームズさんには珍しいような気がした、のかなァと思うんですが。
この“confession”、意味を確認すると以下のような感じでした(灰色テーブル内は拙訳)。
the act of admitting that you have done something wrong or illegal
あなたが何か間違ったことや違法なことをしたと認める行為
confession – Cambridge Dictionary
1. A formal statement admitting that one is guilty of a crime.
人が有罪であると認める公的な声明
1.1 An acknowledgement that one has done something about which one is ashamed or embarrassed.
恥ずべき、あるいは恥ずかしい行いを自分がした認めること
confession – Oxford Dictionaries
人に堂々と話すことはできないようなことを「やった」と認める行為、がconfessionなのかなァという印象です。
ということは、make a full confessionと前置きして自分の行動を述べたホームズさん、「手紙が偽者だと知りながらワトスン君を宿へ帰して、自分一人で宿敵に立ち向かう」という行為が堂々と話せることではない、非難されうるものだと理解はしていた、ということですよね。
酷いことをしている自覚、ないしはなぜそんなことをするんだと非難されても仕方ないという認識があって、それでも友人の命を慮ってたった一人その場に残ったのだとしたら、ホームズさんはホームズさんでなんてものを抱えているんだと……
正典がワトスンさん視点なこともあって、基本的に「最後の事件」ラストはワトスンさんの心痛に気持ちが向いてしまうんですが、改めて考えるとホームズさんの方も切ない苦しいどうすることも出来ない、ですよね……。
「最後の事件」、基本的に考えれば考えるほどつらい状況にしかならないので、「空家の冒険」に続いて本当に良かったなァと思います。
あとリアルタイムでホームズさんの復活を待っていた当時のファンの人、本当につらい10年間を……心中お察しします……!
2022/05/13 レイアウト調整
References
↑1 | 両肩掴んで揺さぶりたい。 |
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