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彼らの最後

Charles Marowitz著“Sherlock’s Last Case”の紹介、あるいはSherlock’s Last Caseはいいぞという話。


 好きな台詞について語りたいだけなんですが、流れを踏まえて説明するために&備忘録代わりに紹介じみたことを。
まず公式のあらすじ(拙訳)、原文はGoodreads – Sherlock’s Last Caseから。ペーパーバックの背表紙に書かれている文章です。

 有名な物語の語られざるその後を描くこの戯曲は、シャーロック・ホームズが今は亡き宿敵・モリアーティ教授の息子(推定)によって命を狙われるという出来事を主軸にしている。しかしながら奇妙なことに、ホームズがその殺人計画について忠告を受けたのは、モリアーティの娘からであった。ホームズ(実のところ全くの女好きだったと明らかになる)は、彼女に強く心惹かれる。
 その後殺人計画は様々な展開を見せ、ついにホームズは暗い地下室で捕らわれの身になるのだが、彼をその罠に掛けたのはモリアーティ青年ではなく、ホームズも驚いたことに、良き友人であったはずのワトスン博士だった。ワトスンは、ホームズの従僕として二流の地位に置かれていることに、ひどく腹を立てていたのだ。
 ホームズの終焉ののちにワトスンは本来の評価を受ける――かのように見えたが、それも「自分は本物のシャーロック・ホームズだ」と主張する数多くの偽者が現れるまでのことだった。
こうした展開の中にユーモアとサスペンスを同等に混ぜ合わせ、物語はあっと驚く最後の局面を迎える。そのラストは観客に、まったくの、息の止まるような衝撃をもたらすだろう。

 ”Holmes finds himself imprisoned in a dank cellar, trapped not by young Moriarty but, to his shocked surprise, by the good Dr. Watson”という部分にとても興奮して洋書に手を出すに至った、個人的に思い出のあるあらすじです。
 劇は二幕構成になっていて、上記のあらすじでは第二幕第一場までの大筋が説明されています。台詞の量で言えばそこまでで全体の7~8割程度、とりあえず今回は第一幕の内容はネタバレ有り、第二幕に関しては伏せる方向で話をします。

 邦訳での出版はされていないこの作品ですが、英語の本だと二形態あって、公演を行なう劇団向けに脚本の形で販売されいているもの(1984年出版)と、著者のチャールズ・マロウィッツ氏の戯曲集『POTBOILERS』(1986年出版)に収録されているものがあります。
 そしてそのふたつ、全体的に細かい違いもあるんですが、終盤に約1頁の加筆+ト書きの変更という大きめの変更もありまして[1]相違点メモ:Sherlock’s Last Case比較。加筆はホームズさんの心情吐露が主、ト書きの変更では登場人物の反応が少し変わっていたりして、物語全体の印象も異なってくるのではないかと思います。個人的には86年版の方が好みです。

 動画サイトでも幾つか映像や音声が見付かりますが、グレーゾーンだと思うので紹介は控えます。1987年にはBBCラジオでラジオドラマが放送されたそうです。ラジオドラマ版の脚本は著者のチャールズ・マロウィッツ氏による改作、ラストシーンは84年版。
 Youtubeではアメリカにある劇場の公式アカウントが劇中のシーンを幾つか抜き出した映像を上げてくれていたので、参考に置いておきます。ぐるんと回る舞台での公演、とても面白そうです。

 一つ目のシーンは第一幕第三場、脅迫を受けているホームズさんにレストレード警部が「もっと警戒すべきでは、危険ですよ」と話しに来ていて、クローゼットに閉じ込められたワトスンさんが見付かる、という場面です。物音がするので離れて! と警戒する警部に「中に居るのが武装した侵入者なら肘で扉を叩いたりしないだろう」とスッと扉を開けてしまうホームズさん、中から発見されたワトスンさんに「どうしたんですか! 何があったんですか!?」と問う警部&「それが聞きたければ猿轡を取るべきじゃないかね」と冷静なホームズさん、と割とコミカルな色の強い部分。
 二つ目のシーンは第二場第二幕、221Bを訪れた自称シャーロック・ホームズが偽者だと分かって追い返されたあと、彼が“ハッピー・シロップ”なるものを入れた紅茶がそのまま残っていて、ホームズさんが帰って来たのでないと判明してがっかりしていたハドスン夫人が上の空でその紅茶を飲んでしまった結果の場面です。この物語、ジャンルとしてはブラック・コメディだそうなので、合間合間に笑いどころは挟まれているもよう[2]文章だけでも笑いどころだと分かる部分もあれば、よく分からない部分もあります……。
 三つ目は第一幕第四場冒頭、モリアーティの息子&娘との待ち合わせのためにとある地下室を訪れたホームズ&ワトスンのシーン。舞台中央辺りにある布の掛けられたものが、ワトスンさんがホームズさんを拘束するために用意した、曰く付きのお椅子です。


 さて前提は以上としまして、以下語りというかこの台詞好き!! という話です。

Watson: Well, I shall tell you and perhaps you will find it elementary, my dear Holmes, because for me, for whom so many things have been elementary, this is the most elementary thing of all.

「じゃあ、僕が教えてあげよう、そしたら君はそれを“初歩的だ”って思うはずだ、ホームズ君、なぜならあれほどたくさんのことが“初歩的”だった僕にとって、これは何よりも初歩的なことなんだから。」

 第一幕第四場、色々あって捕らわれの身となったホームズさんが、自分はワトスンさんの手に落ちたのだと理解して「なぜ」と問うたことに対する、ワトスンさんの返しです。
 “elementary, my dear Holmes,”ですよ……! そのフレーズを入れた上でこの台詞! ワトスンさんが不穏な言動を始めてから割合序盤にこの台詞があって、その少し前から読んでいるときのテンションは高かったんですが、ここも非常にうおーってなりました。色んな映像作品を観て、ワトスンさんが“Elementary, my dear Holmes.”って言うシーンも割とあるんだなーお決まりのフレーズなんだなーという認識が出来てきた頃だったので、そのホームズ&ワトスンの相棒関係、信頼や気安さを象徴する言葉を皮肉の中に埋め込んで来るの、こう、いいなァと……![3]ちなみにこの部分、84年版だと語順が違っていて、86年版で“elementary, my dear Holmes,”のフレーズになっています。
 そして“for me, for whom so many things have been elementary,(数多くの物事が初歩的であり続けてきた僕にとって)”というのは、正典の“Elementary”に端を発してさまざまな派生作品で“Elementary, my dear Watson.”と言われてきたことを踏まえての言葉ですよね。これ、「シャーロック・ホームズ」作品に多く、そして長い時間触れて来た人の方が厚みと重みの分かる台詞なんじゃないかなァと思います……が、その背景をよくよく知っている人からすれば笑いどころにもなるんでしょうか。この物語、ワトスンさんの苦しみをたくさんに目にしている、よく理解できるはずの人こそ笑えてしまうという中々に残酷な構造なんじゃないかなァと思ったりもしています。

 もう一つ、上記と対になるような台詞が同じく第一幕第四場にあります。今度はホームズさんの発言。

Holmes: Elementary, my dear Watson, is what you always you were: composed of brute and basic elements. Earth, air, water…but never fire. That is one element you always lacked. That I gave you, or rather you sucked it up out of the conflagrations of my intellect. For years you have warmed your self with my coals; read by my sparks of my flame, lived by the heat of my fire!

「初歩的だよ、ワトスン君。君はいつもそうだった。野蛮な、基本の要素で構成されている。土、空気、水……だが決して火ではない。それは君がいつだって欠いていたものだ。それこそは僕が君にあげたもの、ないしは君が僕の知性の大火から吸い上げたものだ。何年間も、君は僕の石炭でその身を暖めてきた。僕の炎が揺らめき散らした火花で本を読んだ、僕の炎の熱によって生きてきたんだ!」

 同じくelementaryへのときめきもありますが、この、自分が誇るものを他者が頼みにしていたと理解していて、それを言葉に載せて叩き付ける感じ、ものすごく嗜好に突き刺さるものがあります……!
 そしてこのシーンでのホームズさん、殺人に使う酸を準備しているワトスンさんに「好きなだけ僕を罵るといい、君はもうすぐ死ぬんだから(意訳)」みたいなことを言われたあとなんですが、その状況でこの言い回し、実は割と余裕なのではと疑いたくなります。英語話者的にはこういうflameとfireの使い分けはさらっと出て来るものなんでしょうか……。


 去年の11月末からずーっと下書きにあったのでとりあえず放り投げておきます!! Sherlock’s Last Caseはいいぞ!(読み終えた直後の感想:fusetter(2017/10/15)

2023/05/11 レイアウトの調整

References

References
1 相違点メモ:Sherlock’s Last Case比較
2 文章だけでも笑いどころだと分かる部分もあれば、よく分からない部分もあります……。
3 ちなみにこの部分、84年版だと語順が違っていて、86年版で“elementary, my dear Holmes,”のフレーズになっています。