Comic Classicsシリーズ”The Hound of the Baskervilles“の紹介とワトスンさんの”my master”の話。
名作文学をたっぷりのイラストと一緒に読んでみよう! という子供向けシリーズ”Comic Classics”の一冊として”The Hound of the Baskervilles(バスカヴィル家の犬)”が出版されているのを知ったので現在読んでいます。
ホームズさんは室内でも鹿内帽を被っていて朝ごはんにはシリアルを食べている、ワトスンさんは時折(本文の外で)友人のことを「シャーロック」と呼んでいて、事件の発端となったサー・チャールズの死亡日が5月4日=「スター・ウォーズ・デイ」であることには何か意味があるのか? と(本文の外で)考えていたりする、というトンデモ仕様。ではありますが、イラストの緩い雰囲気のおかげもあり、そこも含めて楽しめます。あんまりにもゆるゆるなので、”BTW this book is set in 1889!(ところでこの本の舞台は1889年だよ!)”という添え書きすらツッコミどころのように思えてきたりもしますが。笑[1]“BTW”という書き方が使われている時点でやはりこれもツッコミどころなのでは……?
現代っ子である少年少女向けの単語解説もところどころに添えられている一方、この皮肉は7~9歳の児童[2]出版社の作品紹介頁曰く”Perfect for 7 – 9 year olds and fans of […] SHERLOCK HOLMES!”とのこと。に伝わるのか……? と思われる部分もあって、味わい深いです。
本の中身は以下のような感じ(イラストを担当されているJack Noelさんのツイートより)。
The insides look a bit like this… pic.twitter.com/N1SamZbO1a
— Jack Noel (@jackdraws) November 9, 2021
Amazon.co.jpでもサンプルが見られます。
あと楽天の電子書籍版がなぜだか飛びぬけて安いです(2022年5月末現在580円)。なぜ。
さて本の紹介は完全に余談でして、メインはこちら。
『バスカヴィル家の犬』第11章、ワトスンさんがローラ・ライオンズ夫人の自宅を訪ね、そこからの帰り道で考え事をしているシーンの一説が以下です。
It would indeed be a triumph for me if I could run him to earth where my master had failed.
“The Hound of the Baskervilles” Cp.11 – Arthur Conan Doyle
マイ・マスター……!
という気持ちで訳文を集めてきた結果を並べていきます。
あいつにはホームズもロンドンでいっぱい食わされているのだから、幸いにして私がひとりで彼を押さえられたら、ホームズに対しても大いに鼻が高いわけだ。
新潮文庫版(延原謙 訳)
前文の”Holmes had missed him in London.”とまとめて一文に訳している形、且つ”master”の語はさらっと名前で置き換えて対処。
「鼻が高い」という言い回し素敵ですね、かわいい。
もしもこの私がそいつを見つけだし、師匠の失点をとりもどすことができたら、どんなに痛快だろうか。
創元推理文庫 新版(深町眞理子 訳)
師匠がしくじったのに、私がそいつを追いつめることができれば、それこそ大手柄というべきだろう。
ハヤカワ・ミステリ文庫版(大久保康雄 訳)
上記二つは「師匠」パターン。
”where my master had failed”の解釈に「達成できなかった目標を今度こそ!(依頼に対する責任感)」の方向と「ホームズに出来なかったことを私がやってやるぞ!(対抗心&チャレンジ精神)」の方向があるの、面白いなァと思います。
私がやつを追いつめて師の失敗を帳消しにすることができれば、弟子としては大手柄だろう。
角川文庫版(駒月雅子 訳)
こちらも「師匠」とほぼ同じく「師」。そして原文にはない「弟子」という単語も入れた意訳パターン。
私のボスが失敗したのに、私が追いつめられれば、これは私にとって大成功といえるでしょう。
岩波少年文庫版(林克己 訳)
こっちは「ボス」なのでワトスンさんは部下ポジション……!
余談ですが、Comic Classics版のワトスンさんは自分で”Assistant of Sherlock Holmes”を名乗っていて、assistant(助手)はナイジェル・ブルース版ワトスンさんですら抗議した呼ばれ方なのに……! という驚きがありました。
まァ”best friend and assistant”だそうなので、我が道を行くなら行けばよい。と思います。
ちなみに”master”という単語には以下のような意味が含まれるそうで。
2.a (特殊な技芸の)師匠.
b (職人の)親方,マイスター.
c (絵画の)巨匠,大家.
d (宗教的・精神的な)指導者.
[…]
5. 《主に英国で用いられる》 (男の)教師,先生 (⇔mistress) 《★【比較】 現在は teacher のほうが一般的》.
意味合いとしては「教師,先生」の方向もありつつ、日本語として「先生には出来なかったことを」というのは具合が良くないので「師/師匠には出来なかったことを」という文にしている……というのはあったりするんでしょうか。
ホームズさんは”master detective”と称されたりもするし「その道の大家」というようなニュアンスもあるのかなァとか、単独行動時のワトスンさんはホームズさんから与えられた指示を結構重んじているので、「雇い主」みたいなニュアンスもあるのか……? とか考えているともう分からないです!(感想)