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グラナダTV版 台詞 感想/語り 解釈

人をつくるもの

グラナダTV製作の「シャーロック・ホームズの冒険」、「修道院屋敷」のラストシーンについて、其の一。英語台詞編。


 「修道院屋敷」の最後、グラナダ版オリジナルの暖炉前のシーンについて、9月頭からちまちま考え続けていたので、なんだかもう噛み締めすぎて拗らせているのでは、という勢いなのですが。
 そもそも原作にないシーンなので、初めて観たときにときめいたと同時、お二人のやり取りがどういう意味を持っているのかが分からず、英語字幕を確認したかったシーンでもありました。[1]グラナダ版一周目はU-NEXTの見放題を利用していて、英語音声の日本語字幕しか無かったので。
 ひとまず英語字幕は以下の通り。

Holmes: It’s almost as though you disapproved of happiness we have fostered this day.
Watson: Oh no, I approve of that, of course I do.
 But I’m uneasy that you took upon yourself the duties of advocate and judge.
Holmes: You are too bound by forms, Watson.
Watson: Forms are society, Holmes. Manners make a man, Holmes.
 It’s just as well you are unique.

 まずワトスンさんの最後の台詞二文目、“Manners make a man”。紆余曲折あった結果”Nurture and good manners maketh man.(教育と行儀作法が人を作る)”という言い回し、ことわざが下敷きにあるのを知りまして[2]映画「キングスマン」にも出て来るフレーズらしいので、未視聴であることを悔やみました。今度観たい。、まずそこで「あーなるほど!」ってなりました。
 ここのホームズさんの反応、“Forms are society”って言われた時点で鼻で笑い飛ばす感じなんですが、“Manners make a man”[3]ここmake a manじゃなくてmaketh manって言ってるように聞こえる気がするんですが全く自信がないです! でもエドワードワトスンさんが”Manners maketh man, Holmes.”って古英語の形で引用してると知的で素敵なんじゃないかと思うのでそちらを推したい……!で重ねて面白くもなさそうに笑うんですよね。一般論を言われて、更にことわざを引っ張って来て窘められたからハンって笑ったんだと分かるとすごく納得できました。

 で。日本語字幕も日本語吹き替えも制約が違うぶん訳し方も違って、どちらもそれぞれに好きな点があるんですが、両方ごっそり引用するのもアレかなと思いましてとりあえず拙訳で間に合わせますと。

H:今日我々が手助けした幸福に関して、きみは不満があるようだね。
W:ああ、いや、それには満足しているよ。もちろん良かったと思っている。ただ、僕の気に掛かるのは……君が二つの役目を負っただろう。弁護士と、判事と。
H:きみは形式に縛られすぎだよ、ワトスン。
W:形式こそ社会だよ、ホームズ。作法が人を作るというじゃないか。It’s just as well you are unique.

 という感じで! 流れだけ把握していただければ! 更に言えばこのシーン、ジェレミー・ブレット氏とエドワード・ハードウィック氏の演技が素敵なので、是非映像で観ていただければ!
 そしたらエドワードワトスンさんの“But I’m uneasy,”ってちょっと区切った言い方に滲む優しさとか、“advocate, and, judge.”って感じの気遣わしげな口調とか、あと鼻スンの可愛らしさだとか、色々感じていただけると思います!(笑) ワトスンさんに窘めるようなことを言われて“Hmph.”とか“Hah.”って鼻で笑う音で返しながら煙草をくゆらせるホームズさんもかッわいいので! このシーンお二人ともガウン姿なんですよー寛いでるんですよー。1分足らずのシーンですが、によによしながらずーっと繰り返し観ていられます。

 閑話休題。
 最後のワトスンさんの一言、“It’s just as well you are unique.”が本題なので上記では訳さずおいておいたわけですが、や、訳せない……! という気持ちもあります。
 ちなみにここ、字幕だとエドワトさんの台詞として有名な[4]個人的印象ではある。「君は変人のままでいろ」、吹き替えだと「君のやり方も悪くないがね」。この訳の広がりっぷりを見ても、一筋縄では行かなさそうだというのが分かるというものです。

 とりあえず分解して捉えようとしてみると、“It’s just as well~”は「ちょうど良い、かえって好都合だ、ラッキーだ」という意味だそうで。
 メモ代わりに意訳でうっちゃりつつ英英の説明を幾つか。

1. 計画や予期はしていなかったが、状況・結果が良いことを指す。
2. やるとsensible[5]実用的/判断力のある/気の利いた/センスの良い Cf.sensibleなことを指す。

参考:just as well – Macmillan Dictionary

幸運で、且つもっと酷くなっていたかもしれない出来事や状況のことを言う。あるいは、一見悪く見えるかもしれないが、もっと悪くなった可能性、別の場合ではより酷いことになっていた可能性があるので思いのほか良い、という物事のこと。

参考:just as well – Wiktionary

 そしてワトスンさんがホームズさんを表現するのに使った“unique”という単語は、訳としては「唯一の/類がない/風変わりな」という感じで、「他と違う(単に異なっているという意味でも使われるし、他より素晴らしいという意味を込めて使われる場合もある)」という意味合いで受け取っていればいいのかな、と思われます。

1 Being the only one of its kind; unlike anything else.
1.2 Particularly remarkable, special, or unusual.

unique – Oxford Dictionaries

 それらを踏まえて、更に件の台詞の直前は「形式」や「作法」の重要性を説いていると受け取れるので繋がりは逆接的だと考えると、「君が変わっていて(≒他と違っていて)今回は良かった」という感じの訳になるのかなーと思います。


 ……というのが、言葉を掘り返して出した結論なんですが。これ、「君は変人のままでいろ」とも「君のやり方も悪くないがね」とも、なんかちょっと違いますよね。何でだろうというというのと、あと前後が繋がってないような気がする、というのが続いての疑問でした。

 結論から言えば、台詞の含むところが多かったので字幕と翻訳では抜き出した箇所が異なって、表現の仕方も違うものになった、ということなんじゃないかと思います。
 前後の繋がりを含めたこの台詞、悶々と考えまして、manとyouが対応しているのかなと考える形でとりあえず納得しています。人は物事のやり方によって形作られる、君という人が他とは違っていて、その人となりを為す君のやり方も他とは違った、今回の件においてはそれが良い方向に働いた、という。ひいては君が他と違っていてもそれでいい、形式から外れて社会に背く行為だったのは確かだけど、君が導いたものは幸福だった、君が居なければその幸福は育まれなかった、だから君は君のままでいい、という!
 It’s just as well~はストレートな褒め言葉ではないと思うので、字幕の「変人」とか、吹き替えの「悪くない」とかの言葉の選択はその辺りから来てるのかなーと思います。字幕の方は文字数の制限もあるのでしょうけども。
 そしてここに願望を詰め込んで良ければ、“It’s just as well”の「都合が良い」「ラッキーだった」というニュアンスに、「今回の彼らは君に対処してもらえて幸運だったね」という意味合いも含まれていればいいなァと思います。ワトスンさんは、ホームズさんの行いに思うところがあるのも確かだけれど、結果としての事件の顛末を好意的に受け取っていますよね。ここのエドワードワトスンさんの言い方がすごく甘くてくすぐったいので、私の自慢の探偵、くらいに思ってくれていてもいいんじゃないかと!

 ちなみに今回、字幕も吹き替えも台詞を抜き出してみて思ったんですが、字幕は結構台詞の流れを俳優さんの演技に任せていて、順接逆接の接続詞や助詞がなくても成り立つんですねぇ。
 吹き替えは「悪くないがね」って逆接の要素を入れているし、それが無かったとしたらやっぱり前後の繋がりが悪いように思います。日本語訳という点では同じでも、ルールや制約があって違いが生まれているのが面白いなァと思いました。

2022/04/12 レイアウトと表現の修正

References

References
1 グラナダ版一周目はU-NEXTの見放題を利用していて、英語音声の日本語字幕しか無かったので。
2 映画「キングスマン」にも出て来るフレーズらしいので、未視聴であることを悔やみました。今度観たい。
3 ここmake a manじゃなくてmaketh manって言ってるように聞こえる気がするんですが全く自信がないです! でもエドワードワトスンさんが”Manners maketh man, Holmes.”って古英語の形で引用してると知的で素敵なんじゃないかと思うのでそちらを推したい……!
4 個人的印象ではある。
5 実用的/判断力のある/気の利いた/センスの良い Cf.sensible