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グラナダTV版 感想/語り 解釈

君をつくるもの

グラナダTV製作の「シャーロック・ホームズの冒険」、「修道院屋敷」のラストシーンについて、其の二。妄想解釈編。


 前回の記事は以下。

 其の一で台詞の意味を捏ねまわしたので、それを踏まえたり踏まえなかったりしつつ語りの後半戦です。
 前述した通り拗らせているので色んな箇所が色んな方向にぐつぐつ煮込まれたあとなんですが、とりあえず今の解釈を……いつも以上に妄言の入り混じる可能性があるかと思います、煮込んで放置した挙句発酵してんなァとなまあたたかい目をお持ちいただけると幸いです。

 件の暖炉前シーンのはじめ、“It’s almost as though you disapproved of … .”と話を切り出したホームズさん、その時点でワトスンさんが何を憂えているかはたぶん分かっていましたよね、なのにそういう話の振り方をするよねあの人そういうところあるよね、というのは前から思っていたんですが。これ、ワトスンさんの憂慮を吐露させて杞憂だと言ってやりたかったというよりも、色々あるけどこの結末で良かったと言ってほしかったんじゃないかなァと考えて、ものすごーくときめいています。
 ホームズさんって、否定してほしいことを口に出すような、ちょっとひねくれた言葉の運び方をするところがありますよね。[1]正典をざっと確認したところ思ったよりも例が見付からなかったんですが(笑):「僕たちの推理問題に示した君の興味が、あとかたもなくなってしまわなければよいがねえ(株式仲買店員)」、「近頃仕事のほうが忙しいようだね(背の曲がった男)」という辺り、共に捜査への動向を頼みたい場面にて。恐怖の谷の「正気を失った男と一つの部屋に眠るのはいやかい?」もこの部類でしょうか。(和訳は新潮文庫版(延原謙訳))……ある、というイメージで話を進めますが!

 そんな気持ちで改めて観てみると、肘掛椅子の前でぶらんと揺れるホームズさんの左脚がなんだか拗ねているように思われていたのが、個人的にすごく納得がいきました。事の顛末を素直に喜んでくれないのが気に入らないし、君のことが心配だと言われても言及してほしいのはそこじゃないし、窘められて面白くなかったわけですね!(笑)

 ちなみにホームズさんが脚をぶらんとして返している“Manners maketh man”のフレーズ、解釈が二通りあるようで。

①正しく分別のある行動が人間を動物と区別する
②行動や習慣が個人を形作る(人は行動や特徴によって他者から判断される)

参考:
 - manners maketh man – WordReference.com
 - What does “Manners maketh man” means?- Quora

 引用だと知る前にはman=立派な男、紳士という意味合いかなと思っていたんですが、そういうニュアンスはあんまり無さそう……? ①の意味を拡大していけば「紳士」という話になる、のでしょうか。
 ともあれ、どちらの意味であっても「行儀良くなさい」「正しく振る舞いなさい」という戒めの言葉ですよね。気掛かりなんだよ、って言われたあとのこの言葉、ホームズさんには、結末が良くてもやり方によっては君が誤解されてしまう、と咎められているように聞こえたんじゃないかなァと思います。そんなもの、と笑い飛ばしはするけど、面白くはない。脚も揺れるってもんです。

 でも実際にはワトスンさんも、ホームズさん独特のやり方も含めて事の顛末には満足しているんですよね。ホームズさんがひねくれた言い方で「今回の結末、君は嬉しくないのかい」って聞いたのに対して、同じく少しひねくれた言い回しで「満足しているよ、君が君でいてくれて良かったと思っている」って返されたから、ホームズさんはちょっとびっくりして、それから笑みを見せたんじゃないかなァ[2]そのあとすぐに笑顔を消してしまうのは、正典「六つのナポレオン」の最後に描かれているような、一瞬感情を滲ませるけどすぐに消してしまうホームズさん、という表現なんでしょうか。BBCシャーロックも一瞬だけ口角上げてみせることがあるけど、あれはイギリスのコミュニケーションの取り方なのかシャーロック・ホームズ特有のものなのか、分からずにいます。。というのが現在の個人的な解釈です。
 そしてそういう、窘めているように聞こえる言い方をしていたワトスンさんは、ある程度わざとだったのでは、という気がしています。ホームズさんの反応を見たあとのにんまりとした、こっちも釣られてしまいそうな素敵な笑み、悪戯っ子のような雰囲気もありますよね。途中まで意図的に咎めるような物言いをしていたんじゃないかと思うし、そこに込められた心配も勿論本当だったんだろうなと、思います。

 

 更に「心配」という話をすれば、ホームズさんの言う“great responsibility”。法に背いて良心に従うという彼の選択を、グラナダ版は正典よりもより重大視しているような印象があります。
 その一端が感じられるのが、ホームズさんがワトソンさんに言った、「君は形式に縛られ過ぎだよ(You are too bound by forms.)」という台詞。額面通りに受け取れば法を軽んじている(そこまで法律に縛られることはない、という意味に取れそうな)言葉なんですが、実際はそうじゃないんじゃないかなと。
 暖炉前でのグラナダ版オリジナルシーンの前に、ホームズさんは原作通り「法の手続きに従って行おう」と言ってクローカー船長を被告人、ワトスンさんを陪審員に指名して、私的な模擬裁判を行いますよね。正典だとそこで「私は判事です(I am the judge.)」とホームズさんが自分で言うんですが、グラナダ版はその台詞がなくて、“judge”という単語はワトスンさんから出て来ます。そしてグラナダ版は、ホームズさんが負ったのは「弁護士」と「判事」、二つの役割だろうと指摘する。それをホームズさんは、「形式に縛られすぎだ」と笑うわけです。
 形式に則って行おうと言いつつ、そこまで行くと縛られすぎだと返す彼は、自分が背負うと宣言したgreat responsibilityをワトスンさんに意識されるのは本意ではなかったのではないかな、と思います。その責任が真に重いものだと理解しているからこそ、友人にまで背負わせるつもりはなかった。そこは君の領分じゃないと勝手に線引きしていたのなら何とも手前勝手だなァと思うけれど、同時に友人を思うからこその、ホームズさんなりの優しさの表れでもあるんじゃないでしょうか。
 一方でワトスンさんは、その勝手な線引きをこれも勝手に飛び越えて、敬愛する友人の心中や名誉を案じているわけですよね。人は君の行動を、外側を見て判断するのだから気掛かりだと心を曇らせながらも、でも結末はこれで良かったのだと思いを共有してくれる。ホームズさんの大事にしている部分を一緒にいとおしんで笑ってくれるワトスンさんの存在が素敵だなァと思います。

 ……なんかもう、ホームズさんは親友に出会えて良かったね! という話にしかならないです!


その後の余談

「最高!」をイギリス風に言うと”Awesome!”でも”Excellent!”でもなく”…actually it’s not bad.”になるのでは? というツイートを見掛けてのコメントが以下です。

2022/04/12 レイアウトの調整及び内容の補足

References

References
1 正典をざっと確認したところ思ったよりも例が見付からなかったんですが(笑):「僕たちの推理問題に示した君の興味が、あとかたもなくなってしまわなければよいがねえ(株式仲買店員)」、「近頃仕事のほうが忙しいようだね(背の曲がった男)」という辺り、共に捜査への動向を頼みたい場面にて。恐怖の谷の「正気を失った男と一つの部屋に眠るのはいやかい?」もこの部類でしょうか。(和訳は新潮文庫版(延原謙訳))
2 そのあとすぐに笑顔を消してしまうのは、正典「六つのナポレオン」の最後に描かれているような、一瞬感情を滲ませるけどすぐに消してしまうホームズさん、という表現なんでしょうか。BBCシャーロックも一瞬だけ口角上げてみせることがあるけど、あれはイギリスのコミュニケーションの取り方なのかシャーロック・ホームズ特有のものなのか、分からずにいます。