正典「The Man with the Twisted Lip(唇の捩れた男)」、アヘン窟でワトスンさんとばったり出会ったホームズさんの、所々に滲んでいるアレやソレについて。
『The Adventures of Sherlock Holmes(シャーロック・ホームズの冒険)』第6編、”The Man with the Twisted Lip”。ワトスンさんが別件で訪れた場所で偶然にもホームズさんと行き合う、というところから始まるストーリーに、正典一周目のときは「月9だ……!」と思った覚えがあります[1]第1話で出会った主人公とお相手が思いがけない場所でばったり再会する、的な……2~3話目あたりの展開のイメージだと思われる。。
さてそのお二人のばったりシーン、アヘン窟でこそこそ内緒話をしているときのホームズさんの台詞(下線は引用者)。
“If you would have the great kindness to get rid of that sottish friend of yours I should be exceedingly glad to have a little talk with you.”
The Man with the Twisted Lip – Arthur Conan Doyle
「君の友人(アイザ・ホイットニー)をどうにかした後でちょっと話がしたいんだが」とワトスンさんに持ち掛けるところです。
ここ、ホームズさんはワトスンさんの友人をどう形容しているのかなーと思って下線二つ目の“sottish”の意味を辞書で見てみたんですが。
[形]大酒飲み[飲んだくれ]の;頭のいかれた, ばかな.
sottish – コトバンク
……悪意がありません?(笑)
この部分、新潮文庫(延原謙訳)だと「酔いどれ」、ハヤカワ文庫(大久保康雄訳)だと「中毒患者」と訳されていまして、「馬鹿な」というよりは「飲んだくれ」の方、ここではアヘンに浸ってふらふらしている様子を指している(という解釈が主流な)んだと思うんですが、それにしても単語の選択がどうかと思います。
そして“that sottish friend of yours”って、「君の友達のうちのあの酔いどれの方」という意味もあるのかなァと考えたりも……しているんですがどうなんでしょう。僕も君の友逹だけどあんな馬鹿じゃない、って主張も込められているのだとしたら面白いというか皮肉を言うなァというか辛辣だなというか(笑)。考え過ぎな気もしますが![2]your+形容詞+friend という使用例が検索であまり出て来ないので、形容詞+friend なら of yours で続けるのが自然なだけ、なのでは、という。
順番は前後しまして、下線一つ目の“get rid of”。これも対象をマイナスの方向で捉えた言葉なので、やっぱり悪意が……という気持ちになります。
(灰色のテーブル内は拙訳)
Take action so as to be free of (a troublesome or unwanted person or thing)
get rid of- Oxford Dictionary
煩わしい、もしくは望まれていない人や物)から自由になるために行動を取る
3. to make someone go away because they are annoying, unpleasant, or not wanted
rid – Macmillan Dictionary
3. 苛立たしかったり、不愉快だったり、望まれていなかったりする人を立ち去らせること
人の友逹ですよホームズさん![3]get rid ofに関してはこんな解説も:「『(望ましくないものなどを)免れる、取り除く、追い払う』ことを意味するが、これ以外にも『~をやめる、廃する』、はては『~を殺す、始末する』といった物騒な意味も備えている。」 – goo辞書
自分がワトスンさんと行動を共にしたい以上他の人は邪魔、という気持ちの表れだと思っていいんでしょうか。いつものことですがホームズさん、自由すぎる……。
それに対して「馬車を外に待たせているよ(“I have a cab outside.”)」って簡潔に返すワトスンさんも、ホームズが所々に刺のある回りくどい言い方をするのはよくあること、って細かいところは流している感じで、慣れてるなァという印象を受けます。すてき。
もう一つ、上記の直後のホームズさんの台詞。「君の友人は馬車で送り返して、奥さんには手紙を書いて、外で合流しようじゃないか」と提案している部分。
“I should recommend you also to send a note by the cabman to your wife to say that you have thrown in your lot with me.”
The Man with the Twisted Lip – Arthur Conan Doyle
御者に手紙を預けて、奥さんに“you have thrown in your lot with me”と伝えるのをおすすめするよ、という台詞なんですが。
ここの“you have thrown in your lot with me”部分、新潮文庫でもハヤカワでも「ホームズといっしょになった」と訳されているので、ふーん「出掛ける」くらいの意味なのかなーという気持ちで意味を調べたら、以下の意味が出て来ました。
~と運命を共にする、~と生死を共にする
throw in one’s lot with – 英辞郎 on the Web
重い。
「ホームズと生死を共にするから帰りません」って、短い手紙で伝えるべき内容じゃないですよね……「奥さんにも連絡したらどうだ」とだけ聞くとメアリさんのことも気に掛けていて優しいように感じられますが、「僕と運命を共にするって伝えてやるといい」って提案だと思うと印象が変わるなァと思います。何なの牽制なのホームズさん。
ちなみにこのフレーズ、「同盟する」くらいの意味で説明されている例もありまして、英英辞書だとそちらの方が多いような印象でした。
to join or become associated with a person, group, or thing that one hopes will win or succeed
throw in one’s lot – Merriam Webster
その勝利や成功を願って、人や集団、物に参加する、もしくは仲間になること
一方、重い方の説明で出ている辞書もあったり。
Decide to ally oneself closely with and share the fate of (a person or group)
throw in one’s lot – Oxford Dictionary
(人や集団)と親密に縁を結び、その運命を共有することを決断する
「運命を共にする」と日本語で言うと互いに互いの運命を共有しそうな印象ですが、Oxford Dictionaryの語義を見るに、正典原文の“you have thrown in your lot with me”だと「ホームズさんの運命をワトスンさんが共有する」という形になるらしいな、というのも面白い発見でした。
ちなみにワトスンさん自身は、このあと地の文で「ホームズと一緒に冒険に出られるなら嬉しい」という旨を語る時、”to be associated with my friend”という表現をしています。参加する、一緒にやる、くらいの意味ですかね。マイルド。
【追記:17/10/15】
二人で馬車に乗って杉屋敷に着いたあと、セントクレア夫人にワトスンさんを紹介する場面では、ホームズさんが以下のように言っていました。
“… a lucky chance has made it possible for me to bring him out and associate him with this investigation.”
試訳するなら、「幸運なことに、彼を連れだして一緒に今回の捜査を行えることになりました」という感じでしょうか。
ホームズさんもセントクレア夫人相手に話すときには“associate”という単語を使っているので、「運命を共にする」の下りはワトスンさん相手だから出せる茶目っ気なのかなーと思います。
【追記終わり】
最後にもう一つ、上記のシーンからもう少し進んで屋外での合流後、馬車を呼んで、「一緒に来るだろう?」とホームズさんがワトスンさん尋ねる場面。
Watson: If I can be of use.
Holmes: Oh, a trusty comrade is always of use; … .
ここのホームズさんの“Oh,”、すぐに確認できる範囲では感嘆詞として訳出されている例が見付からないんですが、この部分可愛くないですか……!
僕でも役に立てるなら行くよ、って言われての“Oh,”、何を言ってるんだい役立つに決まっているじゃないか、ってニュアンスですよね。ワトスンさんと一緒に冒険したいというホームズさんの気持ちが透けているようで、いいなァと思います。
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